image
第49回 日産サティオ佐賀・55周年の歴史をたどる【販売編】
2021年4月9日

こんにちは!
新郷・GO!GO!・桃子です。

今回も日産サティオ佐賀本店の中村慶太店長にご協力いただいて、日産サティオ佐賀の歴史を振り返りたいと思います。

オフィスに残っていた過去の写真を見ながら、日産サティオ佐賀が歩んできた道のりへ、いざタイムスリップ~! GO!GO!サティオ!

画像1

日産サティオ佐賀の歩み

中村店長
日産サティオ佐賀は、55年前の1966年(昭和44年)に「日産サニー佐賀販売株式会社」として誕生しました。東京オリンピックが開催されたのが1964年。人気絶頂だったザ・ビートルズが来日したのが1966年でした。

桃子
そ、そんなに昔から! 歴史がありますね。

中村店長
当時は私もまだ生まれていません。高校を卒業して、1992年(平成4年)に入社しました。

桃子
入社当時の店舗はどんな感じだったのでしょうか?

中村店長
昔は携帯やスマホも、インターネットもなかったので、新車発売を伝えるツールといえばテレビCMかカタログでした。店頭ではこんな感じで新車を展示して、店内での見せ方も今とは随分違っていましたね。これはどちらも30年くらい前の写真です。

画像2 画像3

桃子
わ~! 何これ!! リボンがついてますね!

中村店長
昔はこうして展示していたんですよ。あと、大きな違いとしては、昔は電話営業や訪問販売がメインだったことでしょうか。今はお客様に店舗へ足を運んでいただく来店型営業ですが、それも比較的最近のことなんですよ。

桃子
電話営業に訪問! 店長のセールストークの見せどころですね。

中村店長
そこは先輩たちからたくさんコツを教えてもらいました。よく遊び、よく働くメリハリ上手な先輩が多くて、お客様とのコミュニケーションの取り方は特に勉強になりました。

画像4

桃子
よく売れていたのはどんなクルマですか?

中村店長
やはり「シルビア」「スカイライン」は圧倒的に人気でしたね。あと、1982年に発売された「マーチ」もよく売れていました。発売当時は近藤真彦さんをイメージキャラクターに、「マッチのマーチ」というコピーがキャッチーだったのでしょう。



1982年初代マーチ

画像05

桃子
なるほど~。これは何の写真ですか?

画像06

中村店長
伊万里店が新規オープンした時のイベントの様子ですね。また、こちらも同じくらいの時期の展示イベントの時の写真で、左から「サニー」「スカイライン」「グロリア」です。
懐かしいですね~。

画像07

こちらは1989年(平成元年)の新型スカイラインの展示会ですね。

画像8

桃子
わ~!! すごい人出ですね。当時の様子がよくわかりました。



ニーズの変化に合わせた提案を

画像9

中村店長
「日産サティオ佐賀」が誕生したのは2001年のことでした。2002年には「日産プリンス」と「日産サティオ」の営業所が合併するなど店舗の統廃合を経て、現在に至ります。「レッドステージ」「ブルーステージ」で取り扱うクルマが分かれていた時代もありましたね。この写真は「日産プリンス佐賀」時代のものです。今のP‘s佐賀店ですね。

画像10 画像11

桃子
ほんとだ!面影がありますね。
今の「日産サティオ佐賀」に至るまで、いろいろな歴史があったんですね。

中村店長
昔と比べると、クルマも販売店も、市場のニーズもかなり変化しました。特に顕著な問題は、若い世代のクルマ離れとドライバーの高齢化です。しかしながら、こうした問題をクリアするために、新しい価値の提案や安全技術の向上も次々と進んでいます。

画像12

桃子
時代の変化に応じて、クルマもお店も進化しているんですね!

中村店長
その通りです。特に安全技術においては、日産は業界をリードできるよう研究を進めてきました。昔はクルマは「ステータス」でしたが、今は「移動手段」としての役割が大きいので、燃費や経費、そして安全性が購入の決め手となります。そこをいかにわかりやすく伝えるかが、私たち販売員の腕の見せ所ですね。

桃子
なるほど。たしかに技術が進化してきているのは、今の日産車を体験してみて感じるところですね。

中村店長
もっともっと、その魅力をお客さまにお伝えしていきたいです。

桃子
そういえば、本店は4月から建て替え工事されるんですよね。

中村店長
はい、完成するまでは本店の近くにありますP’s佐賀店に仮営業所を置いて営業いたします。新しい本店の完成は2021年12月の予定です。

桃子
楽しみですね!

次回は歴代の名車を紹介しながら、日産の歴史を振り返ります♪ クルマの話になるとますますトークが止まらなくなる中村店長でした。

画像13

では、また来週~!!